アールグレイは、ベルガモットで香りづけをした、フレーバードティーの元祖とも言えるお茶。その名のアールとは、貴族の爵位である伯爵のこと。アールグレイは、1830年代にイギリスの首相を務めたグレイ伯爵(1764~1845)という、実在の人物の名を冠したお茶なのです。
伯爵が作ったお茶、アールグレイ
アールグレイの誕生には、いくつかのエピソードがあるようです。ルピシアでは以前、中国使節団が持ち帰った紅茶の起源とも言えるお茶を、グレイ伯爵が大変お気に召し、それに似せたお茶を作らせたのが、アールグレイだったというお話をご紹介しました。
アフタヌーンティーなど、現在の紅茶文化発祥の地であるイギリスでは、どのようなお話が伝わっているのでしょうか。調べてみると、グレイ伯爵が住んでいた館で、アールグレイティーが誕生したという情報が。しかも、その館はイギリス北東部のホーウィック地方に現存し、グレイ伯爵の末裔にあたるホーウィック子爵という方がお住まいとのこと。こうなったら現地で確かめるしかありません。ルピシアだより取材班は一路イギリスへ飛びました。
グレイ伯爵略歴
本名、チャールズ・グレイ(1764~1845)。同時代の人物には、フランス皇帝になったナポレオン(1769~1821)がいます。父は数々の戦いで功績を立てた軍人。イートン校(ウィリアム王子も学んだイギリスの名門校)、ケンブリッジ大学を出て、当時の2大政党の一つ、ホイッグ党の議員になりました。1806~07年には海軍・外務大臣を歴任、1830~34年には首相を務めました。議員を引退した後は、ホーウィックホールで余生を過ごしました。
グレイ伯爵、若かりし頃…
グレイ伯爵がまだ駆け出しの議員だった時代、一人の女性と恋に落ちます。その女性は、当時の社交界の花形で、ホイッグ党の支援者でもあったデヴォンシャー公爵夫人。いわゆる不倫関係でした。二人の間には女の子が一人生まれましたが、結局別れることに。その女の子はグレイ伯爵が引き取り、家族の一員として大事に育てたそうです。
誰もが選挙に行けるのはグレイ伯爵のお陰?
日本では現在、20歳以上になったら男女を問わず選挙権が与えられていますが、かつては限られたごく一部の人のための権利でした。その選挙権が様々な人々へ広がっていく第一歩となったのが、首相になったグレイ伯爵が提出した第1回選挙法改正です。この改正によって、貴族階級だけでなく中産階級まで選挙権が広がりました。現代まで続くグレイ伯爵の偉大な業績の一つです。
いざ、アールグレイの故郷へ!
成田からイギリス・ロンドンまで飛行機で12時間、さらに国内線の飛行機を乗り継いで1時間。到着したのはイギリス北東部の都市ニューカッスル。訪れたのは11月でしたが、肌を刺すような寒さは日本の真冬のよう。北緯54度(北海道のさらに北)に位置するので覚悟はしていましたが本当に寒い。目的地のホーウィックホールは、ここからさらに北へ60km。イギリスといえば思い浮かべるような霧と曇天の中、約1時間のドライブでホーウィック地方に到着です。
200年の時を超え今に残る館と庭園
グレイ伯爵が住んでいた200年前の姿を残す館は、ホーウィックホールと呼ばれています。管理人のアンドリューさんにお話を伺いながら、敷地内をご案内いただきました。広さは26エーカー(東京ドーム2個分)。英国式庭園を中心に、グレイ伯爵の時代から現在まで、日本や中国など、世界中から集められた3,000種類以上の植物が育てられています。敷地内には川も流れ、菜園や教会、羊の放牧地もあるという、イギリス貴族の権勢を感じる壮大さ!
伝わっているお話によると、この館をグレイ伯爵はこよなく愛し、政治家としての活動はロンドンが中心でしたが、できる限りこちらで過ごすようにしていたようです。15人いた子供もロンドンではなく、ここで育て上げたといいます。また、菜園で作った野菜や果物をロンドンへ送っていたほどでした。
アールグレイの故郷を取材した旅の記録を動画にまとめました。
ティールームでアフタヌーンティー
ホールウィックホール内ティールームでのアフタヌーンティーの様子を動画にまとめました。
伯爵の子孫が語るアールグレイ誕生秘話
敷地内を一通りご案内いただいた後、現在この館にお住まいのホーウィック子爵にお会いし、インタビューを行いました。グレイ伯爵の末裔にあたる彼も若き日々は、日本や中国などへ植物を探しに旅をしたという、まさに現代のプラントハンター。庭をこよなく愛する子爵に、アールグレイの誕生に関するお話を伺いました。
≫ ホーウィック子爵へのインタビュー
「アールグレイは、ホーウィックの水に合わせて、特別にブレンドされたお茶です。そう伝わっています。」
ホーウィックの水は、石灰質で硬度が高い水でした。この館の水でおいしく味わうために作られたお茶が、柑橘の一種・ベルガモットで香りづけをしたアールグレイだったのです。グレイ伯爵が愛した館で、好きなお茶を楽しむために誕生した、まさに伯爵の愛したお茶だったのです。
取材中、出会ったイギリスの人々やお茶の専門家に、一つの質問をしました。最もポピュラーなお茶は何ですか? その答えのほとんどがアールグレイ。
グレイ伯爵の愛したお茶は、誕生から150年以上がたった現在、イギリスの最も愛するお茶になっていました。そして、世界中で様々なアールグレイが作られているように、今なお進化し続けているお茶であることを確信しました。
ルピシアの「アールグレイ」(LUPICIAサイトへ)
ルピシアではベースのお茶や製法の異なるアールグレイを多数ご用意しています。バラエティー豊かなアールグレイを一覧でご紹介。