焼き物のまち 常滑(とこなめ)を訪ねて

おうち時間の楽しみに、急須でお茶をいれてみたいという方が増えています。そこで今月は、日本を代表する急須の名産地・常滑を訪問。「お茶の味がおいしくなる」といわれる常滑焼の急須の秘密を探りました。

秘密1 きめ細かな土

 愛知県常滑市は、知多半島西岸の中央部に位置する焼き物のまちです。キラキラ光る伊勢湾の水面を眺めながら車を走らせていくと、今回の目的地に到着。常滑焼の急須ひと筋60年、岩瀬弘二(こうじ)さんの工房です。

 仕事場へお邪魔すると、ちょうど、常滑焼の代名詞でもある赤い急須を作っているところでした。「朱泥(しゅでい)」という土で作る常滑の急須は、今から160年以上前、中国の急須産地・宜興(ぎこう)で作られていた「紫砂茶壺(しさちゃこ)」を手本にして誕生しました。煎茶の愛好家だった常滑の医師・平野忠司(ちゅうじ)が、宜興の土と常滑の土が似ていることに気づき、陶工たちと協力して試行錯誤の末に完成させたといわれます。

 「常滑の急須がお茶の味をおいしくする理由は、この独特な土にあるんです」

 そう言って岩瀬さんが触らせてくださった朱泥は、きめが細かくとっても滑らか。常滑の土は非常に粒子が細かく、急須内部の表面にお茶の苦み成分であるカテキンが吸着しやすいため、お茶の渋みが抑えられるのだといいます。加えて、常滑の土は鉄分を多く含むのも特徴。その鉄分がお茶のカテキンと結合するため、朱泥急須でお茶をいれると渋みが少なく、まろやかな味になるといわれています。

常滑で急須を作り続けて60年、岩瀬弘二さん。

常滑ならではのきめ細かな土「朱泥」。

秘密2 高度な職人技

 続いて岩瀬さんが教えてくださったのは、急須の作り方。「百聞は一見に如かずだよ」と、目の前で実演してくださいました。急須は、胴、蓋、持ち手、注ぎ口、茶こしの5つのパーツからできています。岩瀬さんがろくろを回し始めると、土の塊がするするすると引き上げられ、あっという間にパーツが完成。まるで魔法の手に操られ、土が言うことを聞いている――。まさにそんな感じです。

土の形を自在に操る岩瀬さんの手。

急須のパーツ。

 「やってみる?」。岩瀬さんに促され、取材班も挑戦させていただくことに。意気込んでろくろの前に座ったものの、触ってみてびっくり。土の塊は想像以上に硬く、全く思うように動きません。さすが60年の職人技、素人にはとても歯が立ちませんでした。

スタッフも挑戦したが……。

 岩瀬さんによると、こうしたパーツを形作る作業は、もちろん急須作りで最も難しい工程の一つ。ですが、出来上がったパーツ同士をくっつける作業にも、実は相当な技術を要するのだそう。というのも、土は乾燥~焼成の過程で2割程度収縮するため、パーツ同士の硬さ(土中の水分量)が異なると、乾いた時に離れたり、亀裂が入ったりする原因になるからです。

 「すべては指先の感覚が頼り。春夏秋冬、季節ごとに水分の抜け方が変わるので、感覚を掴むには最低3年ほどはかかるといわれます」

出来上がったパーツ同士を、粘土でくっつけていく。

写真手前がパーツ同士をくっつけた直後の急須。乾燥~焼成を経ると、写真奥のサイズにまで収縮するのだそう。

【1】取っ手と注ぎ口の角度を確認する岩瀬さん。90度より少し内側に取っ手を付けると注ぎやすい。
【2】職人技が光る注ぎ口の形と角度。これが湯切れの良さを左右する。
【3】急須作りの道具。ほとんどがお手製。
【4】蓋と胴をぴったり一致させるために行う、常滑焼特有の作業「すり合わせ」。蓋と胴の気密性が高まり、お茶がよりおいしくはいるそう。

秘密3 使うほどに出る艶(つや)

 お茶が大好きだという岩瀬さんは、子どもたちにお茶のいれ方を教える活動にも取り組まれています。

 「最近はペットボトルのお茶しか知らない子も多いけど、やっぱりお茶には急須がないと。急須でいれたお茶を一度でも飲んでもらうと、ペットボトルとの違いは必ずわかりますよ」

 岩瀬さんの言葉通り、お茶と急須は互いにおいしさを高め合うパートナー。今回、常滑の急須を取材して、それがよくわかりました。

 「気に入った急須に出会ったら、とにかくたくさん使ってほしい。使わずに棚の中に飾っておいたんじゃ、急須がかわいそうだもんね」

 常滑の朱泥急須は、使い込むほどに光沢が増すのが魅力。大切に長く使うことで世界に一つ、自分だけの急須を育てるのも楽しみなのだと岩瀬さんは話します。

 「キレイだねとなでなでしてあげるといい艶が出る。自分の頭をなでてもらっているのと同じで、それが作り手として一番うれしい」

 お茶をおいしくするといわれる常滑焼の急須。使い込んで愛着が増すほど、おいしさも増すに違いありません。みなさんもぜひ、お気に入りの急須をみつけてかわいがってみませんか。

「急須でいれたお茶のおいしさを伝えていきたい」と語る岩瀬さん。取材班にもご自身の急須でお茶をふるまってくださいました。

常滑ってどんなところ?

常滑焼の起源は平安時代末期。当時は3000基もの窯があったといわれ、日本六古窯(にほんろっこよう)【常滑・信楽(しがらき)・備前・丹波・越前・瀬戸】の中でも最大の焼き物産地でした。

常滑市のある知多半島は丘陵地が多く、この地形を利用して多くの窯が築かれました。

甕(かめ)や壺、土管など大型の焼き物が多い常滑焼。伊勢湾に面した港から全国へ運ばれました。

常滑を代表する風景、土管坂。左右の壁面には、土管と焼酎瓶がびっしり。坂道には「ケサワ」という土管の焼成時に使用した廃材が敷き詰められ、滑らず歩きやすいように工夫されています。

常滑は招き猫生産量が日本一。常滑駅近くの「とこなめ招き猫通り」には、巨大招き猫や39体の御利益陶製招き猫が並び、通る人を楽しませています。


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