こちらは2021年の記事です
釜炒り茶の名人・興梠(こうろぎ)さんが、満を持してお届けする新茶「五ヶ瀬釜炒り新茶 特上 2021」。
このお茶に込めた思いや、4年にわたる試行錯誤の日々とは?
「日本茶の新境地」を求めて奮闘する、興梠さんのお茶作りの裏側をご紹介します。
失われた香りを求めて
「何度も何度も失敗して、ようやく自分の目指したお茶ができました」
宮崎県・五ヶ瀬の生産者・興梠洋一さんがこう語る「五ヶ瀬釜炒り新茶 特上 2021」は、摘みたての花を思わせる上品な香り立ちが魅力。釜炒り茶ならではの澄み切った味わいと爽やかな花香が一体となった、他にはない特別な日本茶です。
このお茶作りは、4年前、ルピシアとの共同プロジェクトから始まりました。目指したのは、興梠さんが子供の頃に飲んだ釜炒り茶の復活と進化。すべて手作業だったころの釜炒り茶は、「何とも言えない、甘く爽やかな香りがしておいしかった」と興梠さん。製茶の機械化が進み、常に同じ味わいを求められる時代の中で失われてしまった「日本のお茶の香り」を取り戻すことができないか。そんな思いから、プロジェクトはスタートしました。
世界のお茶作りに学ぶ
興梠さんは、茶葉自体から花のような香りを引き出すヒントを探るため、ルピシアと共にインドのダージリンやスリランカ、台湾など世界のお茶名産地を訪問。中でも特に注目したのが「香りのお茶」とも称される台湾茶です。
台湾茶は、花のような繊細な香りを引き出す「萎凋(いちょう)」という工程を最大限に生かした製法が特徴。摘んだ生葉を日光にさらして萎れさせ、続いて室内で10時間以上寝かせます。定期的に揺り動かし、葉の表面を軽く傷つけることで、茶葉本来の香り成分を引き出していきます。
台湾茶は摘みたての茶葉をまずは日光にさらして香りを引き出す(日光萎凋)。
台湾茶の「萎凋」の様子。定期的に茶葉を攪拌することで、茶葉同士がこすれ合って香りが引き出される。お茶の品質を左右するため、熟練の技と経験を要する重要な作業。
香りを茶葉に閉じ込める
今回のお茶作りでは、この萎凋が大きなポイントとなっています。興梠さんは、何度も失敗しながら最適な萎凋の方法を研究。機械の故障など、偶然からも思わぬヒントを得て、自分なりの感覚を掴んでいったといいます。
また、釜炒り茶作りの要ともいえる「殺青(さっせい)」の工程でも、試行錯誤を重ねました。殺青は、生葉を高温の鉄釜で炒ることで発酵を止める重要な作業。萎凋で最大限に引き出した香りを、茶葉の中にしっかり閉じ込められるかどうかは、殺青の技術がカギを握ります。
伝統的な釜炒り茶の製法そのままに、「香りのお茶」として新しい日本茶を完成させること。それが興梠さんのこだわりでした。
高温の鉄釜で茶葉を炒って発酵を止める「殺青」の工程。炒ることで「釜香」と呼ばれる特有の香ばしく爽やかな香りが加わる。写真は昔ながらの手炒りの様子。
パリで金賞を受賞!
失敗と挑戦を繰り返すこと4年。新しい製法は少しずつ確かなものになっていきました。昨年、この製法で仕上げたお茶は、フランス・パリの日本茶コンクールで金賞を受賞。このお茶の個性と品質は、海を越えて評価されています。
「このお茶をきっかけに、もっと多くの方に釜炒り茶のおいしさを伝えたい」と興梠さん。名人が辿り着いた日本茶の新境地。心ゆくまでお楽しみください。
「五ヶ瀬釜炒り新茶 特上 2021」に込めた特別な思いやこだわりを、興梠さんに伺いました。
profile
興梠洋一(こうろぎよういち)さん
宮崎県・五ヶ瀬
農林水産大臣賞を16回も受賞した日本の釜炒り茶の第一人者。釜炒り茶は、宮崎や熊本など九州の限られた地域でしか作られていない希少品で、国内生産量はわずか1%にも満たない。
あの頃の釜炒り茶へ
――今回のお茶、試飲させていただきました。スズランのような上品な香りが印象的でしたが、一番驚いたのは飲み心地。すっと体に入って消えていくような澄んだ味わいで、何とも言えない清涼感がありました。
そうそうそう。自分は釜炒り茶が好きだから、すっと入る飲み口のお茶を作りたい。それが釜炒り茶のいいところなんで。
――今回のプロジェクトの背景には、興梠さんが子供の頃に飲んだ釜炒り茶の思い出があると伺いました。
そう。子供の頃はどの農家にも当たり前のように釜があって、集落ごとにおじちゃん、おばちゃんが釜炒り茶を作っとった。そういうお茶を飲むと香りや味が良かったからね。
――どうしてでしょう?
昔はすべて手作業やけん、摘むのにも時間がかかるし、フレッシュなまま殺青できない。だから摘んだ茶葉を木陰に積み上げておく。それってある意味、日光萎凋やね。工場に持って帰ってからも、1度に1kgずつしか製茶できんから、きれいに茶葉の山を作って置いておく。そうするとさらに萎凋香が出るわね。そんれと釜香が絡み合って、昔の釜炒り茶ってうまかったんやと思う。今は機械化が進んでいるけれども、あの頃の味に戻したいなと。
忙しい製茶の合間を縫って、今回のオンライン取材に応じてくださった興梠さん。
――釜炒り茶の原点を追い求める中で、世界の産地を回ったことは大きな経験になりましたか?
なりましたね。インドのダージリンでは、朝の涼しい爽やかな光の中で昼前まで娘さんたちが手摘みするでしょう。摘む時に適度な刺激が茶葉に加わるけん、そこですでに香りが始まってる。こんな小さな一芯二葉を摘む時に、人の手がもう香りの元を作り出しとるけんね。それを思えば、機械で摘むにはどうしたらいいんかと、改めて考えさせられた。台湾でも萎凋の様子を見たり、香りを起こす、引き出すための動かし方とかヒントがたくさんあったね。
インド・ダージリンにて、丁寧に一つ一つ手摘みされる茶葉。「人の手が(適度な刺激を茶葉に与えることで)香りの元を作り出している」と興梠さん。
ダージリンでは、現地の茶葉で釜炒り茶の試作も行った興梠さん。
まだまだ出発点
――この4年間、失敗と挑戦の繰り返しだったそうですね。
もう失敗だらけ(笑)。一番難しいのは、萎凋と殺青。萎凋が上手くいかんば、茶葉が赤くなってしまってきれいなグリーンにならんしね。それに、香りは表面から抜けていくけん、表面だけでなく、内側からしっかり香るまでに萎凋すること。これが難しくて難しくて。
萎凋を行う興梠さん。
――あの美しい緑の茶葉の裏側にはそんなご苦労が……。殺青の方は、どこがポイントになるのですか?
やっぱり火加減とタイミング。萎凋で引き出された花香に、殺青することで釜炒り独特の香りが加わるんやけど、香りの変化を見極めて、ちょうど爽やかな香りに仕上がるところに調整するのが一番大事。火が強すぎると上品な花香が抜けてしまうし、炒るのが足らんと香りが重くなってしまう。表の香りだけにだまされんで、中まで火を通すのがポイント。
――む、む、難しすぎます……。
でしょう(笑)。俺は、萎凋で引き出した香りを茶葉の中に閉じ込めるイメージでいつも殺青しとる。その茶葉が、急須の中でお湯を注いだ時に開いて、閉じ込めた香りがパッと広がる。それで飲んだ時にすっと体に入っていくようなお茶になっとたら、もう最高ね。
釜炒り茶作りの要ともいえる「殺青」の様子。
――興梠さんのお茶をいただいた時、まさにそう感じました!
ようやく自分の目指すお茶ができた。この特徴があるお茶をきっかけに、釜炒り茶のおいしさをもっともっと多くの方に知ってほしい。でも、今はベースができたばかりで、ここからが出発点。まだまだやりますよ。
五ヶ瀬釜炒り新茶 特上
興梠さんが世界のお茶作りを研究し、4年の試行錯誤を経てたどりついた日本茶の新境地。清々しいブーケのような香りと優しい甘みが広がります。昨年、フランス・パリの日本茶コンクールで金賞を受賞したお茶と同じ製法で仕上げています。
(2023年の五ヶ瀬釜炒り新茶は終了しました)