
手摘みで収穫されたクオリティー品質の茶葉。生葉の状態でも、ほのかに柑橘やハーブ、高原の花々を連想させるニルギリらしい香りが感じられました。
お茶愛好家の間でも、まだまだ秘められた魅力と謎の多いニルギリ。
さらに近年、IT産業の振興などで盛り上がる南インドの都市を体感すべく、「おたより。」取材班が早春の南インドを訪問しました。茶園の広がる景色や都市の様子、産地・ニルギリの最新情報をお届けします。
特集「豊かな南の青い山 ニルギリ」目次
グレンデール茶園
翌朝、車で移動しグレンデール茶園に到着。標高1,650〜2,120mに位置し、寒くて乾燥しながらも霧が多いという特徴的な気候条件に恵まれ、茶園の歴史は1835年にまでさかのぼります。
グレンデールは、正統派の紅茶をはじめ、独特の心地よい花の香りと滑らかな味を備えた黄緑色の水色(すいしょく)の緑茶やスペシャルティーなどを生産する、インドでも有数の評判高い茶園。ぜひとも見学・訪問したいと考えていたため、気持ちも高ぶります。出迎えてくれたマネージャーのクシャラッパ氏によると、工場には、国際基準に準拠した厳しい衛生条件下でお茶を確実に生産するための、最先端の機械が備えられているとのこと。

(写真左)グレンデール茶園にて。
(写真右)グレンデール茶園マネージャーのクシャラッパ氏。

グレンデール茶園の入口に飾られた美や豊穣を司るヒンドゥーの女神像。
熱帯に位置するニルギリでは通年茶葉の収穫が可能。この茶園では22日ごとに約550人が茶摘みを行っています。また、南インドの固有品種を中心に複数の茶樹を栽培。収穫された茶葉は紅茶を中心に緑茶、白茶などに仕上げているそうです。

多くのニルギリの茶園では、ホワイトオークの樹木が、適度に日陰を供給するシェードツリーとして、また落ち葉が自然の肥料となるコンパニオンプランツとして、茶樹と一緒に栽培されています。

(写真左)現代のニルギリの多様性を象徴するような個性的なお茶が並ぶグレンデール茶園でのテイスティング風景。
(写真右)同行したティースクール講師の取材スナップ。
クシャラッパ氏によると、「ニルギリのお茶はセイロンによく似ていますが、セイロンの多くの茶産地よりも標高が高く土壌も異なるため、主に香りの印象が異なります。特に芳香に優れるニルギリを代表するクローナル品種『CR-6017』は人気があり、茶葉の真ん中に柄があるのが特徴です」とのこと。
工場での製造工程では、茶葉の大きさや状態によって細やかに時間や回数を調整しながら製茶するなど、品質にこだわった作業が行われています。伝統を尊重しながらも、新しい時代の製法や技術を取り入れる独自性に加え、どこかクシャラッパ氏の人柄を感じさせるような、誠実で丁寧な作業が印象的でした。完成したお茶をテイスティングすると、それぞれに個性と存在感がありながら、茶園を囲む山々の空気にも似た、明るく爽やかで透明感のある豊かな味わい。ダージリンなどと異なる、南インドならではの個性をあらためて感じました。

現在のニルギリを代表するクローナルの高級品種「CR-6017」の希少な生葉の写真。

赤土の土壌は、ニルギリの茶園の特徴の一つ。

グレンデール茶園の製茶工場にて。
カイルベッタ茶園
グレンデールとは対照的に、こだわりの伝統的な製法で紅茶を製造しているカイルベッタ茶園。1887年に起業し、1920年代から本格的なお茶の製造を開始した歴史を持つ、標高1,677〜1,981mの斜面に広がる185ヘクタール(およそ野球のグラウンド140個分)の比較的小さな規模の茶園です。ニルギリのみならず、インドを代表する高級紅茶の生産者として、世界中のお茶ファンの間で親しまれている名園です。
出迎えてくれたのは、マネージャーのバンサリ氏。良い紅茶を作るには、良い茶葉が重要であるという考えのもと、茶園を代表する銘茶『ウインターフロスト』をはじめとするスペシャルティーは、手摘みの茶葉で製造しているそうです。

ニルギリを代表するカイルベッタ茶園にて。世界的にダージリンなどに匹敵する高級紅茶の名園として有名。

(写真左)摘んだ茶葉を揉む前に萎れさせる萎凋(いちょう)の工程にて。生葉の青々とした生気の中に、果実や花のような香りが重なります。
(写真右)カイルベッタ茶園マネージャーのバンサリ氏。
「カイルベッタでは、畑のすべての区画について年に一度、植物と土壌の健康状態を科学的に分析し、過剰収穫の可能性を減らします。また、茶樹の健康と葉の品質を維持するために、敷地の25%が毎年剪定されます」とバンサリ氏。

(写真左)作りたてのクオリティーを試飲しました。
(写真右)伝統的製法による紅茶は、茶葉サイズによって細かく等級を分類されます。
さらに「ニルギリに暮らすということは、生物多様性や自然が非常に豊かな地域に住むということ。例えば、バイソンの群れがいれば、そのエリアの茶摘みを遅らせたり、渡り鳥の邪魔をしないように茶園の手入れ作業を考慮しています。」と、科学に基づいた農業と環境による持続可能性の大切さについて話してくれました。
毎日の洗浄と工場衛生プログラムも実践しているとの言葉通り、隅々まできれいに管理され、清掃が行き届いた工場であり、お茶作りに対する真摯さやプライドといったものを存分に感じることができた茶園でした。
現地の専門家にたずねるニルギリの特徴と将来
翌日は現地の農業や茶業に関する研究施設UPASI(※)を訪問しました。南インド・ニルギリ周辺では、ダージリンやアッサムなどインド北東部に位置する産地と異なる独自の茶品種育成や栽培技術などが発達していますが、インド最大の紅茶の交易都市コルカタと地理的に離れていることもあり、これまで入手できる資料や情報が限られていました。ニルギリのお茶のおいしさの理由を、現地の専門家に協力いただき調査することは、今回の南インド訪問の目的の一つでした。
※UPASI (The United Planters’ Association of Southern India )

1893年創立のUPASI (The United Planters’ Association of Southern India )は、ニルギリのみならず南インドの農業の発展を支える重要な機関のひとつ。

(写真左)ラボではお茶を始めとする農作物の成分分析や土壌、肥料の適正などが研究されています。
(写真右)「気候変動への対策や労働者の負担を減らす茶業全体の改善なども課題」と語る研究者。
もともとニルギリ周辺は、英国によるインド統治時代に、熱帯地方でヨーロッパ原産の野菜などを供給する高原野菜の産地として研究開発された経緯があり、お茶やコーヒー、コショウなどのスパイスや農作物に関する栽培技術の開発や品種改良が盛んでした。現在のUPASIはこれらの研究遺産を引き継ぎながら、現代の農法に関する科学的な分析や助言を行うことで、地域の生産者や農産業を応援しています。

(写真左)南インドは世界的なコーヒー産地としても有名。
(写真右)コーヒーの生豆の水分調整を、紅茶施設で兼用する珍しいケースも。

(写真左)かつては金銀財宝として扱われた南インドのスパイスの代表であるコショウ。
(写真右)スパイスやハーブが集まるバンガロールの市場にて。神々に捧げるブーケを手作りする屋台。
案内いただいた茶業研究の専門家に、ダージリン、アッサム、セイロン(スリランカ)などの他の主要産地とニルギリとの比較について質問すると、茶葉の風味については柑橘(シトラス)やハーブのような独自の芳香と爽やかさがあること。また、それらの有名な産地と比較して、現在のニルギリはまだブランドとして確立されているとは言い難いこと。しかし、これは将来的にお茶産地としてニルギリが進歩や発展するための、大きな原動力、可能性となることを語ってくれました。
貴重な資料や書籍なども提供いただき、改めてお茶産地ニルギリの過去、現在、未来について深く考えることができた有意義な時間でした。
インドのシリコンバレーで新たな未来を体感
旅の終わりは、世界各国のIT企業が開発拠点を置くなど、近年インドのシリコンバレーとも呼ばれるバンガロールを訪問しました。標高920mの高原地帯に人口1000万人が生活する、南アジア最大規模、インド第4位の大都市に、コンピュータ開発などに関わる頭脳が集合する、世界的なイノベーション都市として知られています。

世界中のIT企業を支えるバンガロールの中心。

市街地のカフェのチャイは、1杯約600円。レストランなどの価格も東京とほとんど変わりません。
移動中の車窓から見えるのは、高層ビルが立ち並ぶ近代的な街並み。インドのほかの都市に比べると、道端のごみが圧倒的に少なく、清潔できれいな車ばかりが走っており、同じ国の都市でもここまで大きく差があるものかと実感します。
バンガロールで人気のカフェでは、物価やサービスなども日本と変わりません。店のデザインやディスプレイなども、とても洗練されており、地元の方と思しきお客様がお茶や食事を楽しんでいる様子からも、インドの新たな可能性を感じる訪問となりました。
長いような短いような南インドの旅もいよいよ帰国の途に。国内線でデリーに到着すると、もうほとんど日本に着いたような気分です。今年も皆様にクオリティーシーズンを迎えたニルギリから、最上級のお茶をお届けすることができました。新時代の到来を予感させる、南インド・ニルギリの新たな魅力を、ぜひ味わってみてください。

(写真左)バンガロールを象徴する歴史的建造物、ヴィダナ・サウダ立法府にて。
(写真右)南インドはヒンドゥーの古い神々のメッカとしても知られており、街中のさまざまなところに寺院が点在します。
特集「豊かな南の青い山 ニルギリ」目次
ニルギリの魅力を再発見
果実や花々、ハーブを思わせる「香り」の余韻、南国らしい「明るさ」を持つ風味、透明感とキレのある飲み口の「爽やかさ」などに、ニルギリの明確な個性と魅力が感じられます。進化していくニルギリのお茶に注目。
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