伝統と暮らす 吉祥のうつわ

透き通るような純白の磁肌を染める、繊細な藍色の筆致。長崎県・佐世保で400年ほどの歴史を持つ三川内焼(みかわちやき)の窯元、「嘉久正窯(かくしょうがま)」とルピシアの共作で、オリジナルの蓋碗(がいわん)が誕生しました。江戸時代より受け継がれる手技とこだわりが詰まった逸品を、三川内焼の魅力とともにご紹介します。

〈お話を伺った方〉

 嘉久正窯 八代目

 里見 寿隆(さとみ としたか)さん

長崎県の伝統工芸品「三川内焼」

2016年、文化庁より「日本遺産」の認定を受けた三川内焼。細やかな筆遣いの染付技法に加え、透かし彫り技法や菊花飾細工技法などの高い技術を要する、長崎県の伝統的な陶磁器です。江戸幕府や藩主への献上品としてのルーツを持つ上品で繊細な趣きは、「良いものを作るために手間をかける」精神とともに、今日まで受け継がれてきました。

その三川内で、およそ400年もの歴史を持つのが「嘉久正窯」です。長崎県平戸藩の御用窯の創立に尽力した中里茂右ヱ門(もえもん)を祖とし、三代目茂ヱ門の三男が里見と姓を改め、現在は里見寿隆さんが八代目を務めておられます。

今回、嘉久正窯とルピシアで取り組んだのは、オリジナルデザインの蓋碗作り。実際に窯場を訪ね、製造の様子を見学させていただきながら、誕生までのストーリーを里見さんと一緒に振り返ります。

嘉久正窯を代表する図柄の竹林。細やかに描き込まれた骨描きと濃淡で一枚の絵画のように丹念に仕上げられる。

蓋碗ができるまで

①成形・素焼き

石膏で作られた碗状の型をろくろにセットして、回転させながら陶土を成形していきます。現在、三川内焼磁器の原料として使われているのは「天草(あまくさ)陶石」。完成までの素焼きと本焼きの2回の焼成で、1~2割ほどサイズが収縮するため、完成形をイメージしながら原型の微調整を行います。

素焼き後は、薄紅色がかった色合いになる。
手前から成型後、素焼き後、本焼き後。徐々に焼き締まって小さくなっているのが分かる。

②絵付け

【下絵】

型紙となる薄紙に懐炉灰で下絵を描き、素焼きを終えたうつわに当てて手やセロハンで丁寧に擦って原画を写していきます。かつての三川内では、ひょうたんを燻して作った灰で下絵を描き、庭先の椿の葉で擦って転写させていたのだとか。

型紙を当てて写した下絵。「雪月花」は本体と蓋が合わさり、一つの文様が現れるデザイン。
等間隔にまっすぐ伸びる直線もすべて手描き。「手ろくろ」を回しながら手の感覚だけで迷いのない線を走らせる。

【骨描き(こつがき)】

コバルトを主原料とした「呉須(ごす)」で、絵の骨格=輪郭線を描く手技。手指の感覚に神経を集中させて筆を巧みに操る、まさに職人技です。

京都などの産地では穂先の短い面相筆を使うのに対し、三川内、有田、波佐見を含む肥前地区の磁器は、穂先の長い陶画筆で骨描きを行います。呉須を含みやすくしなりが良いため、柔らかな線の表現ができるそう。この骨描きにより、わずかに盛られた呉須の線が、次の工程で面を染めていく際に土手のような役割も果たします。

骨描きの様子。呼吸を忘れるほどの集中力で一筆一筆に向き合う。植物や生き物を描く時は自然な息遣いを心がけた方が良い仕上がりになるそう。
職人にとって要となる筆は特注品。シカやイタチ、タヌキなどの動物の毛が配合され、各工程や図柄に合わせて筆を持ち替える。

【濃み(だみ)】

輪郭線が描かれた絵に、彩りやぼかしを加える着色方法を「濃み」と呼びます。毛束の太い専用の筆にたっぷりと含ませた呉須を、うつわの表面に注ぐように染み込ませていきます。

有田などの他産地は、二本の指で穂先を押さえながら筆を動かす「絞り濃み」が一般的ですが、筆を横に寝かせて呉須を流し込むように染める「流し濃み」が三川内ならではの伝統。

焼成前の呉須は緑がかった灰色をしている。吸湿性の高い素焼きの表面は、あっという間に呉須を吸い取ってしまうため、休みなく手を動かす。
付け濃みの技法で表現される、三川内焼の特徴的なグラデーションを用いた絵付。一役買うのは、なんと緑茶。呉須を含んだ濃み筆の先に、ほんの少し緑茶を吸わせてから筆を置くことで、緑茶から呉須へ徐々に移っていきグラデーションになる。

③釉掛け(ゆうがけ)・本焼き

濃みを施した後は、表面にガラス質の光沢が出るよう釉薬(ゆうやく)をかけます。丸一日ほど乾かして、いよいよ本焼きへ。1300℃弱で約18時間もかけて火を入れます。丈夫で歪みのない仕上がりにするには「温度×時間」の燃焼カロリーのバランスが肝心。高温で一気に焼くのでは芯まで熱が伝わらないため、還元焼成と呼ばれる方法で酸素濃度を調整しながら、じっくりと焼きます。

稼働している窯は現代の三川内で主流となったガス炊き。里見さんが生まれた頃からあるのだそう。
三川内の方言で「ボシ」と呼ばれる容器。炎が直接当たったり、灰が被ったりしないよう、この中にうつわを入れて窯の中に積む。

お茶を味わいつくす 蓋碗のすすめ

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